里山HPへ  HOME  | 名人・特産 | 活動グループ | 昔々・・・ | 農を考える | 過去へ | 未来へ | GISの利用 | 皆の広場(お知らせ・行事) |  リンク




目 次



 ふる里のれきし

 昔あったお店やお仕事

 昔の地図




















写真で見る当時の生活
農家


多くの家はわらぶき(藁葺き)、正確にはかやぶき(茅葺)の屋根で、軒下には稲を乾かすはさ杭や燃料の割り木が置かれてあった。

当時はまだ機械化ができておらず、どこの農家も牛を1,2頭飼って、田を耕していた。牛小屋はたいてい母屋に隣接しており、東北で見られたような曲がりやではなかったと記憶している。

はさ
台所

台所は土間にあり、かまどで米を炊いたり湯を沸かしていた。 かまどは、おくどさんと呼ばれ粘土でつくられた。写真のは外側にタイルが貼られている。

燃料は山で拾い集めた柴や割り木を使った。写真の右上に梯子が見えるが、土間の上につしと呼ばれる半天井裏に、焚き付けのわら(藁)や薪を蓄えておいた。

この写真では見えないが七輪に炭を熾し魚や餅、かき餅を焼いた。

写真の真ん中下に木で作ったおひつ(お櫃)が見える。炊いたご飯はお櫃にいれてしばらく保存した。
にわとり小屋

当時は、今よりも自給自足で、どの家も鶏を飼い卵や鶏肉を自給していた。卵から孵ったかわいいひよこは子どもたちのペットでもあった。

餌やりは子どもの仕事で、菜っ葉をきざんで鶏にやると、餌に集まって来て手を突付くのが怖かった。特に雄鶏がそうだった。

祭りには鶏をつぶして(料理して)ご馳走とした。首に包丁を入れ、逆さに吊るして血を出し、それから羽をむしり取り、火であぶった。
泥田船を使って刈り取った稲を運ぶ
手による刈り入れ
荷車で稲を運ぶ

女の子の遊び(縄跳び)

女の子の遊びは、ままごと、縄跳び、かくれんぼ
魚釣り

男の子の遊びは、魚釣り、ターザンごっこ、ちゃんばら、草野球など。

魚釣りは、まず川原へ行って竹を切り釣竿を作る。近くのくましでミミズを集める。浮としずみと釣り針は買った。

池は危ないので、川でむつ、あかんだ、はえ(はい)、もろこ、ふななどを釣った。鯉やうなぎもいたが、なかなか取れなかった。

池にはだぼちんや鯰もいた。





















・こうじ屋

・精米

・桶屋

・下駄屋

みそ、しょうゆなどを製造・販売  

米を精米   

ご飯のおひつ、水汲みの桶、たらい等

下駄の販売

ボタンをクリック
























大久保には精度の高い古地図がある。大きさは4畳くらいあり、折り目が重なった部分は劣化して破れやすい。各民家の所在地には、当時の所帯主の名前が書かれた紙切れが張ってある。
地図の作成者: いつの時代のものか鑑定中。当時の地所名は、近江国甲賀郡第区大久保村(滋賀県甲賀郡甲賀町大久保)となっている。

大久保古地図

お寺(林照寺)の付近の拡大図

航空写真との比較
右の地図は最近の航空写真である。二つの地図を比較すると当時の地図のできばえが分かる。
現代の航空写真では、圃場整備、農面道路、河川改修などにより地形が変わっている。